養老孟司 昆虫ブログ

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2016年03月02日

ゾウムシの口はなぜ長い

ゾウムシの口はなぜ長い

「なぜ」という疑問は困りますね。「なぜ」は答えの存在を前提にしていますが、答えがあるとは限らない。すでに書いたように、「そうなったから仕方がない」ということがあるかもしれないからです。人生、たいていそうだと思いませんか。

「なぜそんな仕事をしているんですか」。「なぜあの人と結婚したのですか」。たいていの人は答えられないでしょうね。「なぜ生きているんですか」と自分に訊いてみればわかるでしょ。生まれちゃったんだから、しょうがない。そう答えるしかないんじゃないですか。私だって虫を採ろうと思って生まれてきたわけじゃない。子どもの時から、なぜか虫を採るようになってしまったんです。

なにはともあれ、ゾウムシは口吻が長いのです。だからゾウムシなんですが、生きものはそう簡単ではない。口吻の短いゾウムシもたくさんあります。じゃあそれがなんでゾウムシなんだ。この辺から、もともと厄介だった問題がもっと厄介になるわけです。つまり口吻が長いというだけで、ゾウムシと定義されているのではないのです。じゃあ、どういう定義なのか。

それをやろうとすると、分類学の話になります。そうなると、まずゾウムシ以前に、ゾウムシが属しているコウチュウ目(以前は鞘翅目、私はこの名前の方が好きです。地名もそうですが、名前を勝手に変えないで欲しいなあ)を定義する必要があります。でもそれならコウチュウ目が属している昆虫綱をその前に定義する必要がある。種という単位より大きい分類群を高次分類群といいます。高次分類群の分け方、つまり定義は結構面倒で、大かたの一致はありますが、学者によって違う面も数多くあります。だからそれには触れないことにすると、ゾウムシの簡単な定義はありません。

ゾウムシは分類上ではゾウムシ科ですが、その上の大きなグループをいうと、ゾウムシ上科になります。ゾウムシ上科には、ヒゲナガゾウムシ、ミツギリゾウムシ、オサゾウムシ、キクイムシなど、複数の科が含まれています。ヒゲナガもミツギリもゾウムシという名前が付いていますから、やっぱりゾウムシでしょうね。でもキクイムシは親戚だけど、ゾウムシという名前はついていません。口吻が長くないですからね。ホラ、こんな風に厄介なんですよね。

しょうがないので、普通のゾウムシを真正ゾウムシなんて呼ぶこともあります。ヒゲナガやミツギリは「真正」じゃない。でもそれだとヒゲナガやミツギリが怒るかもしれませんね。ミツギリゾウムシなんて、ちゃんと口吻が伸びてますからね。オサゾウムシはむしろ普通のゾウムシと見なされていることが多いでしょうね。

さて、口吻が伸びる話です。私の立場でいうと、口吻が伸びたのは、伸びたから仕方がないんです。じゃあ、縮めてもいいのか。いいんですね。だってゾウムシの中に短吻類という大きなグループがあって、私はそっちを調べてますからね。短吻類という用語はありますが、長吻類はない。ゾウムシは長吻が前提だからでしょうね。

短吻類は葉っぱを食べるグループです。葉を食べるのには、長い吻はいらないらしい。同じように葉を食べる甲虫の大きなグループ、ハムシは吻が伸びていません。でも吻が長いゾウムシで、葉を食べる種類もたくさんあります。ということは、葉を食べるかどうかと、吻の長短はあまり関係がないということです。

でもこういう議論をする前に、考えておくべきことがあります。吻が長いのは成虫の話です。幼虫はべつに長くない。幼虫はものを食べるのが専門ですから、口は重要です。その口が長くないということは、食べるためなら、かならずしも吻が長い必要はないということです。長くないほうがいいのかもしれません。

完全変態をする昆虫は、親子の形がまったく違います。カとボーフラを考えたらわかるでしょ。ゾウムシの幼虫なら太ったウジの形です。親と子はほとんど別な生きものですね。幼虫はさかんに栄養を摂って育ち、成虫になります。成虫は生殖行動をします。だから私は幼虫を栄養形態、成虫を生殖形態と勝手に呼ぶことにしています。その方がわかりやすいと思いますよ。幼虫はもっぱら食べてばかりいてひたすら育ち、成虫は懸命に生殖行動に励む。虫なんて、ほかにやることはなさそうじゃないですか。

ヤシ 新成虫O O

これはとてもヘンなゾウムシです。ラオスでクジャクヤシというヤシの一種の蕾から採れたもの。成虫、蛹、幼虫のそれぞれがわかると思います。一つの蕾に一頭、入っています。蕾じゃなくて、実かもしれないけれど、よくわかりません。原始的なゾウムシで、Belidaeという「科」です。写真は伊藤ヤスヒコ氏撮影。

この仲間のゾウムシは、オーストラリアと南米から知られていますが、マレーにもいます。写真はラオスやマレーで採れるグループです。このグループはオーストラリアのものとはずいぶん違います。マレーの種の多くはまだ名前がついていません。ヤシの花でたくさん採れます。

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