養老孟司 昆虫ブログ

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2016年01月19日

ゾウムシの形

ゾウムシは鼻が長いから、こういう名前になっているわけです。でも長い部分はじつは鼻ではなくて口吻です。長い鼻の先に小さな口が開いてますからね。

この「口吻」という言葉は、じつは面倒です。たとえばトガリネズミという動物がいます。鼻が長くて、とがっているから、トガリネズミ。でも本当はモグラの親戚つまり食虫類で、げっ歯類のネズミじゃあない。この動物の長い鼻の部分も口吻です。

それならゾウはどうかというと、あれは鼻だけが伸びてますから口吻ではありません。英語でもこれは厄介で、ゾウムシの場合、正式には口吻は rostrum です。ゾウの鼻はたぶん snout あるいは proboscis などというんじゃないでしょうか。nose はヒトの場合に使われるのだと思います。

どうして用語がややこしくなるかというと、じつは哺乳類でも、顔はいろいろ変化するからです。どれかの動物に基準を置いて顔の部分に名前を付けると、他の動物の説明が面倒になります。とくにヒトの顔は例外といっていい。鼻が顔の中央に突き出していますからね。

動物だって、鼻が突き出しているじゃないか。いや、それはちょっと違うのです。イヌだって鼻づらは出ていますが、同時に口つまり下顎も伸びています。ヒトの場合、顔はいわば退化して平たくなって、そこに鼻だけが突き出しているんです。ヒトの鼻が突き出す理由は、鼻中隔が育つからです。鼻中隔というのは、左右の鼻腔、つまり鼻の穴を分けている軟骨です。鼻の高い人では、たいてい鼻中隔が曲がっています。これは鼻中隔の軟骨が成長するのに、鼻腔の周囲が硬い骨なので、場所がなくて、曲がってしまうのだと説明されています。

言葉の説明が長くなりましたが、動物の形を丁寧に見ようとすると、どんどん話がややこしくなる。面倒くさいから、ゾウムシは鼻が長い、で済ませてしまうわけです。でもいったんちゃんと見ようと思うと、そのとたんに名前だけでもややこしいことになる。それで普通の人はあきらめちゃうんでしょうね。

ところでゾウの鼻が長いのは、キリンの首が長いのと同じ理由です。といわれても、たいていの人はぽかんとするでしょうね。簡単な絵を描いたら、すぐにわかると思います。キリンの首は高いところの葉っぱを食べるために伸びたと思っている人が多いと思いますが、私はそう思っていません。あれは仕方がないから頸が伸びたのです。どこが仕方がないのでしょうか。肢が長くなって、背が伸びたからです。長い脚の上に短い首がついていると、口が地面になかなか届きません。水を飲むのにも、膝を曲げて、しゃがまなきゃならない。これは危ないでしょ。どこでライオンが見ているか、わかりませんからね。

ゾウの鼻が長いのも、たぶん同じことです。ゾウはどんどん体が大きくなりました。祖先は頭が長い動物だったはずですが、体が大きくなるにつれて、頭をさらに長くすると、頭が巨大になって、重くなってしまいます。でも口はキリンと同じで、しゃがまないで地面につけたいですよね。だから鼻先だけを残して、頭を縮小したわけです。残った鼻で、立ったまま水が飲めますでしょ。鼻先でバナナをつまんで、口に入れたりもできる。簡単なマンガを書いておきましたから、それを見て考えてください。

頸と肢

この意味では、ヒトは極端な例外です。ヒトの特徴は後足の上に頭を乗せたことです。普通の哺乳類は前足の上に頭が乗っています。おかげでヒトは手が自由になり、ゾウの鼻よりもっといろいろに使えるようになりました。

ゾウムシの口吻が長いのは、また別な理由でしょうね。ゾウムシの親戚はいくつもいますが、かならずしも口吻は長くない。ヒゲナガゾウムシが典型ですね。名前の通りで、口の代わりにでしょうか、触角が伸びています。

甲虫には触角の長いグループがいくつもあります。典型はカミキリムシです。でもカミキリムシの触角が長い理由は、私は聞いたことがありません。ともかく普通はオスのほうが触角が長いのです。それならクワガタムシの顎と同じで、生殖行動と関係するに違いありません。

ただここは難しいところです。キリンの首と同じように、オスの触角が「やむを得ず」伸びてしまったり、顎がやむを得ず大きくなったりしたので、しょうがないからそれを使って何かしている、という可能性がないでもないからです。極端な場合、そうなってしまっただけで、とくに利用はしていない、ということですら、ないとはいえませんね。ただしそういう考え方をすると、それ以上は調べる気がなくなりますから、科学では歓迎されません。生物の形には意味がある、と断固として考えるわけです。

形の背景にあるのは発生です。つまりヒトであれ、キリンであれ、ゾウムシであれ、個体の始まりは一個の受精卵です。丸い小さな細胞です。それを親の形まで大きく育てる。一個の細胞をどんどん増やして親の形にするのですから、作るときの都合がいろいろあります。その都合で鼻が伸びちゃったり、背が高くなったり、いろいろなことが起こる。最終的な結果が親の形になるのですが、その形が生きていくのに都合が悪ければ、そういうものは滅びてしまうわけです。

動物の形を考える時に、発生を忘れる人は多いんですね。多細胞生物は毎回かならず受精卵から親を作る過程を繰り返します。ご苦労なことだと思いませんか。いきなり親を作ればいいじゃないか。細菌つまり単細胞生物はそれをやるわけです。分裂して、親と同じような形の子どもがいきなりできる。でもそれだと単細胞以上にはなれないんですね。

皆さんも直径が五分の一ミリの受精卵から育ったんですよ。自分の最初の形を考えたことがありますか?

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